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高校生の時

罰ゲームといえばケツキックだった。

 

罰を受ける側はおしりを突き出し

それを思い切り回し蹴りされてしまうのだ

 

うちの高校は本当に馬鹿が多くて

正直言って底辺も底辺だった。

まぁその中でもさらに底辺に俺は位置していた

 

ゴンっていうやつがいた。

ゴンはめちゃくちゃに強い

ゴンのケツキックはやばすぎるから禁止になっていた。

 

エヌというやつは普段からゴンにちょっかいをかけては追い回されていた

 

ある日罰ゲームが決まりエヌがケツキックを喰らう事になった

その時誰かが興味本位で

ゴンの本気のケツキック見てみたくないか?

と言った。

 

大体のケツキックのリアクションは

 

パァン!

ぐぁぁああああ!!!!

 

パァン!

いったぁぁぁぁぁぁあ!!!

 

パァン!

おぁぁぁぁあああああ!?!

 

 

みたいなパターンで楽しんでいたのだ

 

ゴンがケツキックをしたらエヌは

どんな叫び声をあげて苦しむのか

確かに見たい。

 

ゴンがケツキックをすることになった。

 

空気が変わり

 

ゴン

「どうなっても俺はしらんぞぉ」

 

シュッ…っとゴンが構えてケツキックを繰り出した瞬間スローモーションに見えるほど綺麗にエヌのお尻を貫いた

 

 

スパァァァァアアン!!!!!!!!

 

一同

「ぅぉぉ、、、!」

 

 

エヌ

「…」

 

エヌは叫ばなかった

 

 

様子がおかしいと思った時

エヌは膝から崩れ落ちた

 

エヌ

「………」

 

大丈夫か!?!エヌ?!

みんなが顔をのぞきこむと

 

鬼の様な顔でよだれを垂らしながら苦痛に耐え、

声の出ないエヌ

 

ゴンの本気のケツキックを見たのはそれが最初で最後だった

 

 

 

 

 

オピソプロクタス

昔図鑑で見た魚の名前です。

顔がロボットみたいになってました。

 

こんなメカメカしい名前とビジュアルの魚がおってたまるか!!!

いつか捕まえたる!!!!

と、思っていました。

 

 

大人になってから

ふと、その名前を思い出した時

 

よく考えたらそんな魚おるわけないよな。

あれ以降名前も聞かず、姿も見ず

あんな独特な名前とビジュアルの魚が何にも取り上げられる事が無い、そんな訳ない

 

多分幻だったのだろう。

夢で見た想像上の生き物をいつのまにか実在すると思い込んでしまっていたのか、、、

 

 

そんな風に思いながらも、ついその名前をググってしまった!

 

当時との違いは情報量の差である

図鑑意味わからん奴をみても、それ以上の情報なんてどこにも無いし、調べようもない。

別の図鑑を見るか、母親に聞くしか、当時の少年はそんなもんやったわけ。

 

話をもどして、

 

ついググってしまった俺は

数年ぶりに再開してしまった。

オピソプロクタス

 

あぁこれや、、オピソプロクタス、、、

その瞬間

色んな記憶もついでに蘇ってくる!!!

そういやあの魚は?あの動物は??

 

当時名前と絵しか載って無いような図鑑で気になってた魚類と動物を、名前の響きやパッと見の記憶を頼りに片っ端から調べまくった!

 

再開とは凄いパワーである

 

特にはじめましてに近い再開

 

 

そういやあの時たしかあんな見た目のあんな名前でどこらへんに生息してて、、

そんなやつおったなぁ???!

懐かしい!!!改めて会ってみたい!

 

そんなエネルギーが爆発を起こし、再開を果たした瞬間、ホコリをかぶって何年も放置していた当時のままの情報の脳みその中の化石みたいなボロボロのデータが更新される訳です。

 

これは何にでも言える事ですが

 

そんな奴に自分がなれたり

そんなやつを自分が作れたらとても素敵ですね

 

そう思いました

 

おわり

 

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25歳になったら音楽活動に全振りの人生を一旦見直そうと思ってた。

 

25歳の時点で、まだまだ頑張れるなら死ぬまでやろうと思っていて、逆にその時点で根拠の無い自信だけのやつなら辞めてしまおうと思っていた。

 

結果、25歳で音楽全振りは辞めた。

理由が色々とあり、全部重なって辞める事にした。

後悔は特にしてなくて、寧ろあの時にしっかり決断出来た自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 

ずっとだらだらやっていても仕方が無いし、結婚こそしてなくても両親はいてて、家族に迷惑や心配をかけながら続ける訳にもいかず、バンドも解散し、サポートやレコーディングの依頼も安定してるものでは無かったので、辞める事を決意した。

 

何故か当時は就職してもすぐ上手く軌道に乗って上手く行くと思っていたが、社会の常識とは難しいもので、無知過ぎた為に中々痛い思いもした。

 

そこで昔から気にしていた学歴も余計に気にするようになった。

このままではいかんなと思い、とにかく社会の事を知ろうと思って勉強を開始し、そこそこ色んな技術も身につけて、特に不自由無く生きていけるようになった。

 

現役で頑張ってる皆さん。

仕事にもよりますし、個人差は絶対にありますが

 

音楽活動してる時の方が体力的にはよっぽどキツイです。

よほどブラックな職場でもなければ、夜は家に帰れます。何十連勤もしなくていいし、年末年始にはお休みがあり、保障もあります。

べろべろに潰れてオールのまま始発で出勤する事だって、まぁ無いです。

食費が無く餓死する危機感もありません。

 

繰り返しになりますが、音楽活動してた時の方がよっっっぽどしんどかったです。

 

ただ、ある程度の金銭感覚を身につけて

社会人に必要な常識を勉強して、

自動車免許は取っておいた方が良いでしょう。

 

苦しいのは体力面では無く、それまで住んでた世界とのギャップです。

 

 

×

母親が急に入院してしまった

 

家庭では母親がだいぶしっかり者ポジションだったのでこのままでは父親はどんどん駄目になっていくだろうと思う

 

入院費用は俺の月収では追いつかないので色々考えていかないといけない。

 

というかそこはどうにか出来るのは

俺しかいない

正直買いたい物とかやりたい事とかいっぱいあるけども

こういう時は意外にも意識は変わるものだなぁと思った。

 

ものの数時間ほどで身体が麻痺して

視力も無くなり、呂律も回らなくなる

とは、、、

脳って凄い構造だなぁ

 

たまにどういう訳か母から電話がかかってくるけど仕事中とか早朝とかで

何かを伝えようとしてそうだけれども

結局何を喋ってるのかわからんので

 

意思疎通ができず

 

最終的に母親が泣いて電話を切るというパターンになってしまっている

 

何ともならんが

何とかなる範囲は何とかせんといかんな

 

普通に生きるのも難しいもんだと

色々考える最近でした!

あらら

最近色々な方面から刺激をもらっています。

 

人生って邪魔者ばっかりじゃないですか

基本的に。

 

何をするにしても何かが邪魔になるじゃないですか。

僕はそうです。

他の皆さんはもしかしたら違うかもしれません。

まぁそこは個人差がありますね。

 

何をするにしてもエネルギーがいるわけですよ。自己犠牲でなんとかなるものが多いんですけどね。

僕は結構何も考えてないフリをしますがそんなもんはパフォーマンスです。

常に色々考えています。

 

何かを始めるとして

始めた後にどういうリスクがあったり

どういう難関があるのか

 

考えるのは至極当然の事ですよね。

もし何か起きた時にどうする?

もし途中でやめたらどうなる?

何を準備してればいいだろう?

お金と時間は大丈夫かな?

 

とか、もっとまだまだ考える事ってあるでしょう。

で、不安になるじゃないですか。

皆そうだと思うんですよ。

 

 

たまにもの凄い成功している人が

何にも考えてないですよ

がむしゃらにやってるだけで!

 

みたいな事を言ってますけど

そんな事ある訳がありません。

 

もし万が一

そういう人が居たとしましょう

その裏側では想像も出来ない奇跡が巻き起こっているはずです。

 

考えていた事が起こった時に

それは想定内の出来事になります。

予め準備をしていた通りの事をすればいいだけ。

 

 

想定内だけど何も準備出来てないのと

想定外すぎて何も準備出来てないのって

 

果たして同じですかね。

 

こういうのを丸ごと、

全てを楽しめる余裕が欲しいものです。

 

 

 

 

 

 

この世の本質を見抜けなかった側

の人間なので僕は負け組かもしれません

 

 

頭の良い人ってなんで頭が良いと思いますか。

何に対しても考えられる事そのものが頭良くないですかね。

 

例えば

池と沼の違いって何?

 

っていう疑問があったとして

 

すぐ答えられる人と

知らんしどうでも良いけど気になるから調べる人と

調べる事すら無い人って居ると思います。

 

どれも良いと思います。

どうでも良い事に時間を使わなくても良いのです。

でも何かを知ってる事の大切さは絶対だと思います。

 

 

僕は何かを作り出す能力がもっと欲しかったです。

そもそも生きてきた環境もそういう雰囲気じゃなかった部分はありますが

全て環境のせいではありません。

 

何も目的もないまま

人生を垂れ流し、死ぬまで色んな事を自制しながら世間の目を気にしつつ

仕事に支配された人生を送り

気付いた時には

何をするにしても遅すぎた

なんてまさに地獄じゃないでしょうか

仕事はしますよ。

生きて行くのに必要ですから。

 

究極

 

僕は

大体の物事は2択で考えてます

好きか嫌いか

とか

どうでも良いかどうでも良くないか

 

で、僕はどうでも良い事は

かなり省くことが出来ています。

 

 

あと

 

僕はやれば出来るという考え方は好きではありません。

 

やっても出来ない事なんて腐る程あります。

やってできなかった時点で

そのモチベは砕け散るからです。

 

逆に

出来るようになるまでやる。は好きです。

 

 

僕は色々不器用ですが

出来る様になるまでやる精神がかなり自分を育ててくれた様な気がしてます。